あとがき

渓輔さんが亡くなってから早くも一年が来ようとしている。
彼が俳句を知ったのは、昭和二十七年一月、肺結核のため入院した時からである。同室の先輩に手ほどきを受け、「花守」に入会したのは昭和二十九年秋。それより亡くなるまでの三十五年余に二回に亘り通算十七年間、花守の編集発行の重責を担ってきた。その聞に雑誌は幾度か危機にも見舞われたが、孤軍奮闘よく困難に耐え「花守」を守り続けてきた。
彼はきわめて寡作であった。このことは本人の志向にもよろうが、編集発行の苦労が深く影響していたことも確かであろう。
彼は生業と雑誌運営の狭間にあって苦吟しながらも、個性際立つ作品を書き綴ってきた。

おほぞらや地べたにひらく梨の店
冬ざれのひとりひとりや山ン中
極月や必死の面ラに鼻がある

地べた、山γ中、面ラ等、日常巷聞に使われている俗語が、ここでは豊かな風土色を持つ詩語として見事に生かされている。

ウィンナワルツ雫して枝芽吹きゐる
テレピにてN響を聴く
弦合はすたのしき気配雪ふる夜

彼はクラシック音楽が好きだった。多忙の時聞を縫っての音楽鑑賞は、時として暁に及ぶこともあった。眼を閉じてひとり静かに楽章を詰ずる姿が眼に浮かぶ。

遺句集『わかれみち』を刊行することになったのは、彼の死後、遺族や花守会員の中から、誰いうともなく話が持ちあがり、次第に具体化してきたからである。
選句は「花守」に発表された全作品を対象に、下記三名の編集委員が予選を行ない、さらに志城先生の厳選をいただき、二二O句を収録した。
構成は近年一般に見受けられる安易な年次別を排して、古来からの春夏秋冬の分類に従い、作品順は、雪深い魚沼小千谷地方の季の移ろいに従った。
かつて「花守」では月刊の或る号を句歴の古い作家に提供し、単行本句集の代りとして世に出したことがあり、昭和四十五年五月号は、伊佐渓輔特集「わかれみち」として発行された。遺句集の題名は故人の選んだその名を生かすことにした。
そのあとがきに渓輔さんは次のように書いている。

「わかれみち」は昭和二十七年秋のラジオ歌謡である。大げさに言って私たちの少年期に祖国がそこを通ったように、このときの病気も私自身にとっての”わかれみち”であった。いまその詞をさだかにはおぼえていないが、自分の境遇にひとつ運命を感じていた私にはこの感傷的な歌がまことにふさわしく思えたことはたしかだし、私自身もいたずらにものおもうことの多い年令でもあった。市井に埋没すべき前途もまたさだまっていた。――
と。この彼自身の感懐は、終世変らぬものであったと思う。
この句集『わかれみち』が、有縁の方々に味読されることを願って止まない。生前、最も敬慕していた志城先生から温情溢れる序文をいただき、また編集・刊行の全てに百一り懇切なご指導をいただいた。地下の渓輔さんもさぞ喜んでいることであろう。末筆ながら、渓輔さんが生前お世話になった遠藤書店の社長浩司氏が、渓輔さんの亡くなった半年後にはからずも逝去された。ここに哀悼の意を表し、故人に代って生前の恩義に感謝を申し述べたい。
上梓にあたって美しい装画を恵まれた小黒音栄氏と、万端のお世話をいただいた東峰書房の高橋衛氏に深甚の謝意を表します。

平成二年五月

勝又水仙
小林洋史
渡辺文雄

おススメ会社設立セット

  1. 店舗販売最安レベル9,800円!会社設立印鑑3点セット(柘植)

    ※通信販売は行っておりません。
  2. 会社設立センター・起業家応援パック

    会社設立・起業家応援パック(司法書士+税理士)まとめて頼む=とってもお得な起業家応援パッ...
  3. 会社設立ブランディングセット

    せっかく開業した貴方の法人、告知やご案内は、終了していますか??「会社設立ブラン...